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二葉亭四迷『浮雲』感想

『浮雲』のお勢とお政の芸術談義は、いろいろ考えさせられる。
どちらの芸術が優れているか? これは芸術を考えるうえで意義のある論議である。が、お勢とお政は、真剣な比較ではなく俗な比較をしている。野球でどっちのチームが強いか? と居酒屋で語るレベルである。こういう俗な比較をすると、芸術をもてあそぶ精神が形成されて、俳句甲子園のように芸術に安易に優劣を付けて勝負させたり、なんでも鑑定団のように芸術を「お宝」と言ったり安易に値段を付けたりする。こうすると芸術の楽しみ方が俗っぽくなる。芸術の価値をこのように引き下げると親しみやすく敷居も低くなるが、芸術によって精神を引き上げるということができなくなる。
しかし二人の芸術談義はまだ良いほうである、とも言える。現代では一般人はなかなか芸術談義をやらない。芸術を語ると失笑される。お勢のように「品格」と言っただけで、「品格?!ハハハハハ!真面目か!」などと笑われる。現代のノリはお勢・お政のノリより軽い。

それからお政は親睦会に行きたくなかったと言っているが、結局親睦会に行って楽しんで来ている。お政には芸術に対する信念や定見がない。とにかくノリや享楽で芸術をやっている。


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文三は、お政に小言を言われて悔しい、という気持ちを、お勢に吐露する。文三は情熱家だし、正義感もあるし、また人生が掛かった一大事なので、お政がどうしても許せず、その愚痴のこぼし方も非常に真面目で熱情的である。
お勢は、「そうでしたとネー だけれども……」と軽薄な調子で2回言って、文三の愚痴に割って入って、何事かを文三に話しかけようとする。それは、自分がお政に議論を仕掛けてやった、という自慢である。文三が真面目に悩んでいるときに、お勢はただの自慢話を挟んでくる。何気ない描写だが、お勢が非常に不真面目なのがよく分かる描写である。
文三はまだお勢の不真面目に気付いていないから、お勢が自分のためにお政に議論を吹っかけてくれたことに感動している。


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ちょっと不思議で、面白い描写があった。
お勢が文三を「君」と呼ぶ。自分のことを「僕」と言う。
解説によると一部の女学生間に「君」「僕」という言葉遣いが流行ったそうだ。現代でも数年前から「僕っ娘」という、自分のことを「僕」と自称する女がいる。明治の下らないブームが現代になって蘇っている。
ちょっと面白い現象だと思った。


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   本田昇という人物像は面白い。文三のように幼少期から苦労して来たようだが、苦労しながら人間的な優しさや真面目さを磨いて汚い文三とは違って、昇は苦労しながら人間的な優しさや真面目さを失って、軽薄さを磨いて来たようである。そしてその軽薄さで上手いこと世渡りをして来たおかげで如才なく出世することができた。

【昇はまた頗る愛嬌に富でいて、極て世辞がよい。殊に初対面の人にはチヤホヤもまた一段で、婦人にもあれ老人にもあれ、それ相応に調子を合せて曾てそらすという事なし。唯不思議な事には、親しくなるに随い次第に愛想が無くなり、鼻の頭で待遇て折に触れては気に障る事を言うか、さなくば厭におひゃらかす。それを憤りて喰て懸れば、手に合う者はその場で捻返し、手に合わぬ者は一時笑ッて済まして後、必ず讐を酬ゆる……尾籠ながら、犬の糞で横面を打曲げる。】

   誰にでも愛想の良い人間は、大抵は心が冷たい。彼が誰にでも愛想を良くするのは、自分を良く見せる見栄のためである。また、誰にでも愛想を良くすることで、誰をも味方に付けようという意図があるからである。つまり自分の利益のためにやっている。昇は冷酷で、偽善的で、打算的である。日本人の大半は昇のような人間で占められている。日本人が誰にでも愛想を良くするのは昇のような打算があるからである。この打算的な愛想の良さが日本人の「思いやり」「絆」の正体である。
   【不思議な事には、親しくなるに随い次第に愛想が無くなり、鼻の頭で待遇て折に触れては気に障る事を言うか、さなくば厭におひゃらかす】。誰にでも愛想を良くして、自分の利益になるような人間とは懇意にし、そうじゃない人間には本性を剥き出しにして、侮辱することで本来の冷酷さや軽薄さを楽しむ。昇の(また日本人の)正体は冷酷・軽薄である。人を侮辱して冷酷と軽薄を楽しむのが日本人のまたとない楽しみである。【それを憤りて喰て懸れば、手に合う者はその場で捻返し、手に合わぬ者は一時笑ッて済まして後、必ず讐を酬ゆる】。日本人は自分が侮辱されたら必ず復讐する。自尊心や選民意識が異常に強いし、陰湿で執念深いので、いつまでも受けた侮辱を覚えている。そうしてどんなに汚くてセコい手を使っても復讐をやり遂げる。そういう典型的な日本人の性格を四迷は昇という人物像に見事に表現してみせている。
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