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『虐殺教育』

   「オバアの部屋で一緒にテレビ見よう」
   そう言ってオバアはたっくんを自分の部屋に置きとどめておきたがった。監視下に置いておきたかったのである。
   (オバアはなぜここまで警戒するんだろう? ここまで警戒するってことは、オジイは戦記をちゃんと閉まっていないのかな? いや、それはないか…。オジイはたまにウッカリするけれどキチンとした性格だから。とっくに机の中にしまって鍵をかけているはず。オバアが警戒するのはきっと念のためだ…)
   たっくんは戦記を読むのを諦めた。
   (だけど、いつか絶対に読んでやろう)
   心の中で誓った。 
  「うん、テレビを見よう」
   するとオバアはにっこりした。たっくんが戦記を諦めたことが、たっくんの表情や声音からはっきりとわかったからだ。
   「何を見るか、たっくん?」
   「あ。ちょっと待って。ラインが来た」
   たっくんはスマホを見た。マサシさんからラインだった。
   【どうだい? 戦記は見つかったかい?】
   返事を送った。
   【戦記はダメ。オジイが机の中にしまって鍵をかけてるよ、たぶん。大切な物はみんな机の中に入れるんだ】
   【そうか。じゃ、まだ家の中にあるんだね? おじいさんは家の外に持ち出してはいないんだね?】
   【うん。そうだと思う。俺がオジイの部屋に行かないようにオバアが見張ってるから】
   【そりゃよかった】
   なぜこの問題に無関係のマサシさんが【よかった】と言うのかたっくんにはわからなかった。
   「たっくん。スマホばっかりしたらバカになるどぉ。ゲームしてるんかぁ? ゲームはだめどぉ。オタクになるどぉ。オタクになったら気持ち悪くなって、結婚できなくなるどぉ」
   「マサシさんからラインが来たんだよ」
   オバアは「ヒャッヒャッヒャッヒャ!」とバカ笑いした。
   「マサシか。あの隣の家の? あのキチガイが。オタクよりもキチガイやさ。宇宙人と文通するって言って、伝書鳩に手紙くくり付けて、飛ばしていたさぁ。ヒャッヒャッヒャ! あんなキチガイは一生結婚できんさ。昔あの家に住んでたオジイみたいに誰にも相手にされんで野垂れ死にやさ」
   たっくんの中で少しだけオバアを嫌悪する気持ちが萌(きざ)した。
   「たっくん。あんなキチガイは相手にしないよぉ。子供たちには人気だが、あれはイナグ(女)にはモテないどぉ。童貞かもしれん。ヒッヒッヒッヒ」
   「どうていってなんね?」
   「こら。そんな言葉使ったらだめどぉ」
   「オバアが言ったんじゃないか」
   「テレビ見ようか」
   オバアは話をはぐらかしてテレビのチャンネルを替えた。
   慰霊の日なので、ローカルテレビ局制作のドキュメンタリーをやっていた。沖縄戦の集団自決の話だ。
   オバアはとっさにチャンネルを替えた。オジイから、たっくんを刺激しないように沖縄戦のテレビは見せるな、と言われてあったから。それに、オバアはなんとなく、胸が痛くなるのを感じたから。
   オバアは沖縄戦の時、米軍上陸前にヤンバルに強制疎開を強いられて、長いことヤンバルの森で暮らした。奇跡的に傷一つ負うことなく生き延びたが、ひもじさは辛かった。ヤンバルの人たちから、あんたたちがいると食糧が減るから、どこかに行きなさい、と怒鳴られたり、蹴られたりすることもあった。カタツムリも食べた。ヘビもトカゲも、食えるかどうか分からない草も食べたし、木の皮や土も食べた。
   (あのひもじさと、ヤンバラー(ヤンバルの人々に対する蔑称)どもの迫害は辛かった…。だから沖縄戦と聞くと、胸が痛くなることがある)とオバアは思った。(でも、それほど辛くはないさ。どんな人も沖縄戦沖縄戦と言って大げさに騒ぐけど、なんであそこまで騒ぐのか分からない…。うちのオジイがあんなに沖縄戦を継承しようと言って、熱心に運動してるのも、意味が分からない。面倒なことはしなければいいのに、とウチは思う…)
   「オバア? もしかして沖縄戦のこと思い出してるの?」
   「いや…」
   オバアは我に返った。
   (勘のいい孫やさ……この勘を良いことだけに使えばいいけどね…。戦争とか、そんなことばっかり考えてたら、他の子供たちから仲間はずれになる。人間はほどよく真面目で、大いに不真面目でないといけないさぁ…。他の人たちに合わせて適当にノーテンキにやらないといけないさぁ…)と思った。
   それからオバアはお茶をすすった。するとそれっきり沖縄戦のことなどはまるで忘れてしまった。再びテレビをザッピングする。
   面白い番組はやっていなかった。
   「しかたないからエーガでも見よう」と言って、オバアはプレーヤーの電源をオンにして、「どのデーブイデーみるかぁ?」と聞いた。
   「『東京物語』がいい」
   「たっくん。これはオジイのデーブイデーやさ」
   「うん。最近小津安二郎見てるんだよ」
   「ダメよぉ。こんな変わったもの見るのは。子供は子供らしく、ふつうなもの見ないと」
   「ふつうなものって?」
   「エーガさ。ふつうのエーガさ」
   「だから『ふつうのエーガ』ってなにさ?」
   「『相棒』とか『寅さん』とか『三丁目の夕日』とか。オバアでも見れるものさ。みんながふつうに見てるものさ」
   「げぇ。苦行だ。じゃあ『ミッションインポッシブル』見ようよ。みんなふつうに見てる映画だよ」
   「あれはエーガじゃないさ」
   「じゃあなんなのさ?」
   「『エーガじゃない変なもの』さ。『意味わからないもの』さ」
   「オバアは自分の基準を絶対化するんだね」
   「ぬー?(なに?)ゼッタイカ?」
   「自分の価値基準を人に押し付けたらダメなんだよ。もっと多様性を持たないと」
   「おまえは最近変な言葉を使うさ。マサシにかぶれたか? あのキチガイ。子供たちに変なことを教えやがって」
   なんとなく興が冷めた。たっくんもオバアもDVDを見る気を失った。そこへ障子が開いて、何者かが転がり込んで来た。
   
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