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K君のこと

自分の友人にK君がいる。

精神疾患を持っていて、同じクリニックに通っていて親しくなった。十年以上も親睦がある。

そのK君が3、4年ほど前から病気が重くなったらしく、会うこともできず、電話で話すこともできず、ついにはメールのやりとりすら困難になって、全く音信不通になってしまった。

元気付けるためと安否確認のために、たびたびメールを送ったが、返信は全くない。

K君はニルヴァーナが好きで、特にSmells Like Teen Spiritが好きで、よく聴いているらしかった。

自分がネバーマインドの赤ちゃんのプリントされたTシャツを買って着ていたら、羨ましがっていたので、プレゼントしたらとても喜ばれたことがある。

で、K君を元気付けるために、ネバーマインドの赤ちゃんの缶バッジをプレゼントしようと思って、ネットで買って、封筒に入れて送ったら、数日後にドンドンドン! と強くドアをノックする音がした。

「○○さーん!」と中年の男性の声で自分の名字を言っていた。セールスだろうと思って開けなかった。
すると翌日も「○○さーん!」と強くドアを叩かれた。
翌朝、外を出ると、ドアノブに紙袋が掛けられてあった。
中にはお菓子と、メモが書かれた紙が入っていた。
メモはK君のお父さんが書いたものだった。
「お知らせしなければいけないことがあります」
という文字と、電話番号が書かれていた。
ちょっと胸がざわついた。

電話をかけると、案の定K君は亡くなっていた。それも一年前に亡くなっていたらしい。
「高い所から足を踏み外した」という。
しかしそれは世間体を憚るための嘘であって、本当は「飛び降り」ではないかと自分は思った。
K君は生前、飛び降り自殺の歌をよく聴いていたし、最後に会った時はだいぶ辛そうにしていて、ひんぱんに「死にたい」と言っていたから。

お父さんはK君の亡くなった際に、いろいろな人たちに連絡したのだが、自分の連絡先は知らず、連絡できなかったのだといった。

自分はK君の家に線香を上げに行く約束をした。
けれどいろいろ忙しい時期だったので、そのまま約束をやぶってしまい、いまだにK君の家に行けないでいる。


K君は真面目な男だった。
「カート・コバーンは妻のコートニー・ラブが殺した」という面白半分の俗説があって、それを会話のネタでK君に話したら、「カートとコートニーは愛し合って結婚したんだから、そんなことするはずない」と、語気を強くして反論した。
純粋で、本当に優しい男だったから、下らないただの俗説でも許せなかったのだろう。

「いろんな人を傷付けた。深く傷付けた」
最後に会った時、K君はそんなことをいって、苦悶で顔をゆがめていた。
「だれでも人を傷付けた経験はあるんじゃないか。気にする必要はないんじゃないか」
と自分がいうと、
「俺の場合は昔、○○(自分の名)が想像できないほどの人たちを、想像できないほど傷付けた。本当に後悔してる。死んで詫びたい。死んでも詫びきれないほどひどいことをしたけれど、でも死んで詫びたい」といった。
優しいK君は、自分が人を傷付けたことを思い出して、毎日死ぬほどの苦痛を感じるといった。
「死にたい。○○も死にたいんじゃないか」
自分も自殺願望を持っていたので、「自分も死にたいよ。でも死ぬって難しいから死ねない。ピストルみたいに楽に死ねる道具があればさっさと死ぬんだけど」といった。

話はだんだんと音楽の話になって、例のK君がよく聴いていた飛び降り自殺の歌の話になった。
ゲスの極み乙女の歌で、自殺する人の心理を大変甘ったるい調子で歌っている歌だった。
K君は寝る時にこれを聴いて、心を落ち着かせながら寝ているといった。
自分はあるラッパーが飛び降り自殺の歌を歌っているのを思い出して話すと、K君は聴かせてくれとものすごい勢いで食い付いてきた。
タブレットで歌を流したが、幸か不幸かK君の琴線には触れなかったようだった。

その後K君はまた飛び降り自殺の話をした。
自分は漫画で得た知識で「11階以上から飛び降りないと人間は死ねないらしい。しかも頭から落ちる覚悟でやらないといけない。足から落ちたら足がクッションになって、障害者になって生き残ることになる」そう話したら、K君は熱心に聴いていた。
K君は、(もしもK君の死因が本当に飛び降り自殺だったとすれば)K君はだいぶ前から飛び降り自殺を企図していたのではないか、と思う。
そうすると自分は、そんな精神状態のK君に、飛び降り自殺の知識を与えてしまったことになる。よけいなことをしてしまったと後悔している。実際にK君がビルの何階から落ちたかは分からないが、自分の話した知識が、いくぶんかでもK君の自殺を促したのだとしたら、自分は人を殺したのと同じである。

全く無意識に、悪意も何もなかったとはいえ、自分は取り返しのつかないことをしたのではないか。
日に日に心の中で罪悪感が膨れ上がってくるのを感じている。

時には、K君のあとを追ってしまいたい気持ちにもなる。
ただ自分は大変な臆病者なので、ただ気持ち的にそうなるだけであって、実行は絶対にしないと思う。
それに自分にはやり掛けている仕事がたくさんある。夏目漱石とか哲学とか戦争犯罪の研究とか。研究と自称できるほどの成果は上げていないのだが、とにかく自分にはたくさんの生き甲斐があって、いま死んではいけないと強く思っている。

ただK君には本当にすまないと思っている。
自分は生き甲斐ややり甲斐を抱えて、のうのうと生きているというのに、K君は悩み苦しみながら、そして最後の間際には痛い思いをして死んでいった。

だが、それでも自分は前を向いて歩いていかないといけないと感じている。
K君の死に責任や後悔を感じて嘆いているばかりでは、かえってK君の魂を冒涜することになると思う。

K君の異常なまでの優しさ、人を思いやる心。
そういうK君の精神を受け継いで、それをいま自分が行っている「研究」に応用すれば、K君の精神は永遠に普遍的にこの世に生き続けるのではないかと思う。

もう物故してしまわれた、自分の尊敬する文学研究者の伊豆利彦さんという方が、こんなことを自分のために書いてくれていた。


【何事にも終りというものはない。
終ったと見えるところから、あたらしい世界が開ける。
一人一人の命には限りがあるが、世界は一人一人の命を超えて広がる。】


人は必ず死ぬ。しかしその精神を誰かが受け継いで多くの人に周知すれば、その人の精神は単なる死を乗り越えて多くの人の心の中に生き続ける。そしてまたその人たちが、その精神を後代に伝えていき、多くの人たちの心の中で増幅されながらいつまでも生き続けることができる。その繰り返しによって人の営みは豊かになり幸福になる。そうやって最終的には世界を豊かにしつつ、新しい世界を開拓していく原動力となる。

だから自分がK君の精神を受け継いで普遍化すれば、K君の精神は世界の人々と一体となって世界を築く支柱の一本となるのではないかと思っている。

だから自分は嘆き後悔するばかりではなく、K君のためにも、いろいろな研究を頑張らないといけないと思っている。それがK君の死に対する責任の取り方ではないかと思っている。




少し長い香ばしい文章になってしまったが、どうしても書かずにはいられなかった。
K君の死を無駄にはしたくない。そしてK君への贖罪のためにも、K君の死に対して、自分なりに今一度向き合いたかった。
稚拙だが、いまの自分はこのようにしかK君の死と向き合うことができない。しかし稚拙でもいいので、いまの自分にできることを、できるかぎりやろうと思っている。
K君のことはまた書くかもしれない。書くことで、K君の死を生かす方法を考えるよすがにしたいから。K君の死を死で終わらせたくはないから。
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