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『こころ』両親と私(六)~(七)

父は先生の話を聞いてこう言う。
《「何もしていないというのは、またどういう訳かね。お前がそれほど尊敬するくらいな人なら何かやっていそうなものだがね」》
またこうも言う。
《「おれのような人間だって、月給こそ貰っちゃいないが、これでも遊んでばかりいるんじゃない」》
役に立つ人間はみんな世の中へ出て働いている。先生は畢竟やくざだから遊んでいるのだと結論しているらしい。
母はこう言う。
《「お前のいうような偉い方なら、きっと何か口を探して下さるよ。頼んでご覧なのかい」「じゃ仕方がないじゃないか。なぜ頼まないんだい。手紙でも好いからお出しな」》
これはたまったものではない。田舎の価値観と私の価値観が見事にずれている。しかし漱石は面白く描いているので笑わずにはいられない。私には災難だが、私が困れば困るほど読者は笑ってしまう。漱石がこのようにユーモアたっぷりに描いているのは、漱石が田舎から分離した高度の精神を持っているからである。高度の精神を持てば道徳的批判から自由になり、自分よりも低度の精神をユーモアを混じえて描く事ができる。


ーーーーーー


父と母は何かと人情を盾に取って私に物事を要求する。だから《私は父や母の手前、この地位をできるだけの努力で求めつつあるごとくに装おわなくてはならなかった》。

《私はそれを封じて出す前に母に向かっていった。
「先生に手紙を書きましたよ。あなたのおっしゃった通り。ちょっと読んでご覧なさい」
 母は私の想像したごとくそれを読まなかった。》

田舎の人間のいい加減さを漱石は描いている。母はいい加減である。父も「田舎の家を守ってくれ」というような事を言いながら「東京で地位を見つけろ」と言ったりする。田舎の人間は気分屋で、思い付いた事をポンポン言うが、首尾一貫していない。それでいながら要求を相手が跳ねつけたりしたらすぐに怒る。情を盾に取って「薄情者」などと怒る。情を盾に取られたらなかなか反駁できないから実に厄介である。田舎の人間は気難しく付き合いづらい。
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テーマ : 夏目漱石
ジャンル : 小説・文学

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ブログタイトルは夏目漱石の「黙々として牛の如くせよ」から。

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