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『こころ』両親と私(二)~(三)

両親と私(二)


父も私の心配をはねのける。

《「もっともだ。お前のいう通りだ。けれども、己の身体は必竟己の身体で、その己の身体についての養生法は、多年の経験上、己が一番能く心得ているはずだからね」》

父は口では死ぬ覚悟をしていると言いながらどこまでも生きるつもりでいる。私の実家の田舎の人々が皆そうであるように、父もまた自分本位であり、図々しく、ふてぶてしいから、死ぬつもりはない。しかし母に対しては死ぬ死ぬと言って同情を惹いている。精神レベルの低い田舎の人間には真面目な問題意識が生まれない。自分の死に対してすらも真面目な問題意識が生まれない。だから私の父のように息子に俺は死ぬ覚悟ができているんだ、と言って虚勢を張ってみたり、母に俺は死ぬと言って同情を惹いてみたりして、その場その場で自分の死をネタにして楽しむような軽薄な精神が生まれる。私の父は先生のように思想を持たないから、死んでも失う物は何もない。また私の父は先生のように妻に対する愛情が浅いから、自分が死んだ後の母の事を真面目に心配する事ができない。

《「…もっとも時々はわたしにも心細いような事をおいいだがね。おれもこの分じゃもう長い事もあるまいよ、おれが死んだら、お前はどうする、一人でこの家にいる気かなんて」》

この父の《おれが死んだら、お前はどうする、一人でこの家にいる気か》というセリフはいかにも月並みで父の感情の浅さが容易に分かるセリフである。


ーーーーーー


両親と私(三)


私の卒業祝いを開いて客を呼ぶという話が出た。

《私は田舎の客が嫌いだった。飲んだり食ったりするのを、最後の目的としてやって来る彼らは、何か事があれば好いといった風の人ばかり揃っていた。私は子供の時から彼らの席に侍するのを心苦しく感じていた。まして自分のために彼らが来るとなると、私の苦痛はいっそう甚しいように想像された。しかし私は父や母の手前、あんな野鄙(やひ)な人を集めて騒ぐのは止せともいいかねた。》

《「呼ばなくっても好いが、呼ばないとまた何とかいうから」
 これは父の言葉であった。父は彼らの陰口を気にしていた。実際彼らはこんな場合に、自分たちの予期通りにならないと、すぐ何とかいいたがる人々であった。》

漱石は(一)と(二)で田舎の父と母を批判し、(三)ではこのように田舎の人間全体を批判している。田舎への批判意識が徹底している。

日本全体に蔓延する腐った偽善的な人情や道徳が田舎には凝縮されている。田舎は日本の腐った国民精神の縮図だから漱石は徹底的に容赦なく批判する(個人的に田舎が嫌いだから田舎を批判している訳ではない)。

私は卒業祝いを止せと言う。またこんな事も言っている。

《「つまり私のためなら、止して下さいというだけなんです。陰で何かいわれるのが厭だからというご主意なら、そりゃまた別です。あなたがたに不利益な事を私が強いて主張したって仕方がありません」》

田舎の腐った精神や腐った人間関係は押しとどめようのないほど強力なものである。防ぐ手立てはなく、ただ黙って我慢するしかない。先生なら黙って我慢していただろう。私のように何か言って反抗したり口答えすると新しい波乱や混乱が起こるだけである。黙っているのが正解である。私が黙っていられないのは先生ほど能力のレベルが高くないからである。しかし、私が黙っていられないのは、田舎と分離しようとする私の無意識の積極的な意志でもある。このような積極的な意志は消極性に塗れた先生には持てないだろう。だから結局、私が黙っていられないのは能力の低さが原因であるが、しかし同時にその積極性は、私が先生の限界を超えて先生とは違った新しい道を開拓しようとする肯定に値する精神である。だから黙る先生と黙らない私、どちらが正しいかというと、どちらも正しいのだが、私の行為ほうが積極的であり有意義であり、先生よりも有能だと言える。私はこういう言動や思考を積み重ねてやがて先生と分離し田舎とも分離して行くだろう。私はすでに自立的な独自の精神を築き始めている。
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テーマ : 夏目漱石
ジャンル : 小説・文学

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