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『こころ』両親と私(二)

《 私は母を蔭へ呼んで父の病状を尋ねた。
   「お父さんはあんなに元気そうに庭へ出たり何かしているが、あれでいいんですか」  
   「もう何ともないようだよ。大方好くおなりなんだろう」》

漱石はこの章で田舎の人間が薄情であることをはっきり規定している。東京に住む先生と奥さんには私の父を心配する感情があった。私の母にももちろん心配する感情はあるが、先生や奥さんよりもレベルの低い感情である。私の母が父をそれほど心配しないのは母の「大らかさ」などではなく「感情のレベルの低さ」として漱石は描いている。

《都会から懸け隔たった森や田の中に住んでいる女の常として、母はこういう事に掛けてはまるで無知識であった。》

社会から隔絶された田舎に住むと新しい知識や新しい精神などに触れる機会が得られず、感情が停滞し枯渇してしまう。田舎には都会よりも豊かな感情があるというのは大嘘である。田舎より都会のほうが豊かな感情がある。

私は、私の父と同じ病気で亡くなった先生の父の話をして、母に注意を喚起しようとする。しかし母は、

《「へえ、やっぱり同じ病気でね。お気の毒だね。いくつでお亡くなりかえ、その方は」》

などと言う。《お気の毒だね》と言う様子からは少しも心を痛めている感情が見られない。《いくつでお亡くなりかえ》とどうでもいい事を聞いている事からも、母が先生の父の事を全く気の毒に思っていない事が分かる。私は《仕方がないから、母をそのままにしておいて…》と言っている。私は自分の母に愛想を尽かし始めている。このような感情のすれ違いを蓄積して私の心の中で田舎に対する批判意識が高まっていく。田舎と分離する精神が発達していく。
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テーマ : 夏目漱石
ジャンル : 小説・文学

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ブログタイトルは夏目漱石の「黙々として牛の如くせよ」から。

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