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ぼやき

最近観たもの、読んだもの。


『葉桜と魔笛』(太宰治)
病気になった妹が男(歌人)に捨てられる。姉が元気付けようとして男の筆跡を真似て手紙を書くが、妹に見破られ感謝されるという話。姉妹愛のようなものを描いているが、その愛の社会的意義が明らかにされていない。人間の感情というものはその人間個人から発せられるのではなく、その人間個人を規定する社会によって発せられる。だから愛などの人間の感情が社会的にどのような意義を持っているかを研究するのが文学である。しかしこの作品は人間の感情を社会の中において捉えるのではなく、人間個人の個別性の中においてのみ捉えているから、普遍的な広がりを持てず、思想として昇華されることがない。あくまでも姉妹という小さな個別的関係の中での個別的感情に過ぎない。どれほど切実な感情でもそれが社会的・普遍的な広がりを持たなければ陳腐でしかないので、この作品に描かれた姉妹の愛は「だからどうした」という感想しか持てない。個別の家の個別の人間関係の個別の事情における個別の感情を見せられても当惑するしかない。


『桜の樹の下には』(梶井基次郎)
   この作品も真面目に読むことも真面目に評価することもできない。作家の私的な感傷とか妄想を描いているだけで、社会的・普遍的な広がりを持たない。

《おまえ、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。》

《馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている。》

   梶井基次郎には真面目な問題意識がない。空虚な、馬鹿げた、何ら価値のない、ありもしない妄想をダラダラと並べて面白がっている。
   梶井基次郎は本の上に檸檬を置いてみたり、瓶の中に蝿を入れてみたり、猫の肉球を瞼の上に置いてみたり、いろいろなつまらないことをして小説に描いているが、そんなことをするのは真面目な問題意識がないからである。真面目な問題意識がないと、どうでもいいような些細な言動や妄想に大きな意義を見出して面白がってしまう。


『シン・ゴジラ』(庵野秀明、樋口真嗣)
   ちょっとだけ観た。ゴジラの突拍子もない姿や行為(第一形態だとか、背中からのビームだとか)がいろいろと批判されているようだが、こうする以外になかったんじゃないかと思う。ゴジラは観たことがないが、何十作も撮られているので、だいたいのことはやり尽くされていると思うから、これくらいやらないと逆に「インパクトがない」と批判されただろうと思う。
   ゴジラという映画は「怪獣が町を破壊する」という底無しに幼稚でメチャクチャな前提によってすでに製作する前から面白くないことが約束されている映画である。「怪獣が町を破壊する」というお約束の中で試行錯誤しないといけないから監督は大変だし才能を十分に発揮できないだろう。自由な展開が作れず、細かな工夫に頼るしかない。そんな難しいゴジラを大ヒットさせたのだから『シン・ゴジラ』は健闘したほうだと思う。CGも批判されていて確かに稚拙だけどこういう努力を積み重ねて洗練されていくのだろうと思う。


『回路』(黒沢清)
人と人は絶対に分かり合えない。人生は孤独で苦しいだけだ。それならいっそのこと自殺して死という永遠の孤独の中に心の安穏を見出したほうがいいのではないか? …そういう思考回路のもと人が次々と自殺していく。しかしそれでも「人と人の結び付きを信じて生きていく」というのがこの映画の最大のメッセージなのだが、「結び付き」が具体的に描かれていないのが不満。この「結び付き」が「幽霊(=孤独)」を否定する最大の武器だからこれを描かないとどうしようもないという感じがするが、映画では「結び付き」を萌芽の段階の範疇において淡い希望と共に描いているのみである。完成度が高くて面白いが非常に浅い。具体的内容に乏しい形式的な映画だと思う。


『家族はつらいよ2』(山田洋次)
「高齢化社会」という深刻な社会問題を扱っているが、深く追求できておらず、安易なヒューマニズムを持ち込んで、強引に解決してしまったという感じがする。黒澤明のような監督は問題意識を設定したら自分の納得のいく「解」を得るまでゴリゴリと変態的なまでにどこまでも追求していった。その真剣で誠実な態度が映画に厚みを持たせていた。対象的に『家族はつらいよ2』はひたすら薄っぺらい。高齢者に同情するだけなら誰にでもできる。問題は高齢者を取り巻く社会の闇をえぐり出して根本的解決を図ることである。それが芸術である。高齢者に同情するだけなら役者に泣きの演技をさせるだけで良い。頭を使わなくて楽だがそんなのは芸術とはいえないだろう。ところがこういう軽薄な邦画が最近増えてきていると感じる。観客の目を惹きそうな、いま流行りの社会問題をあれもこれもと盛り込んでおきながら、具体的解決を図ることを放棄して、ひたすら役者を泣かせて、情緒の洪水によってすべてを洗い流して「解決」としてしまう。こんなのは社会問題を利用した金儲けで、社会問題に苦しむ人々への冒涜である。金を払って2時間も付き合わされて、社会問題を茶化す製作者の軽薄な態度に不快にさせられるのだからたまったものではない。






※天皇の体調が悪いらしい。今度こそ逝くかもしれない。そうなるとレンタルビデオ店が混むかもしれないから今のうちにDVDを借りに行こうと思う。『ライフ・イズ・ビューティフル』等々、借りたいものがたくさんある。借りたら感想書きます。
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