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『こころ』の複雑さ

『こころ』が複雑なのは、先生、私、奥さんが、それぞれ微妙に異なった能力を持っているから。

先生は経験的意識を超えた高度な意識を持っている。同時に「財産」と「K」という経験的な物事に執着する意識を持っている。

私は先生ほどではないが経験的意識を超えている。しかしまだ若いから先生と比較すると未熟である。しかしその未熟は「若さゆえ」であって、まだまだ伸びる可能性がある、ということを漱石は暗示している。それに私は財産などに執着していないから、先生を超えて伸びて行く可能性を持っている。しかしその可能性は絶対そうなるとは限らない。もしかしたら、である。

奥さんは先生と私ほどの能力は持っていない。しかし経験的意識の内部でかなり高度な能力を持つことができている。その能力は「先生を深く愛していて、先生をもっと深く知りたい、理解してあげたい」という想いによって伸ばすことができた。しかし奥さんは愛を深く持ち過ぎた為に、先生を愛によってしか理解できず、愛が障壁になって、先生の愛や友情や家族愛などの全ての下らない人情を否定する能力を理解できなくなっていて、それによって奥さんは能力の発展が止まっている。……

このように、それぞれのキャラクターが凡人を超える高い能力を持ちながらも、それぞれの能力がそれぞれの細かい事情に制約されたそれぞれの限界を持っている。しかも三人の能力の高さはそれぞれ違っている。この複雑な能力を持った三人が、さらに複雑に濃密に絡み合うのだから、学者とか普通の読者には手に負えないだろう。だから「同性愛」といった飛んでもない暴論が飛び出す。しかし暴論を使ってまで規定しようという気持ちも分からなくもない。それくらい複雑な作品なのだから、今の日本人のレベルでは暴論を使って無理やり規定して無理やり理解した気になって無理やり自分を安心させるしか方法がない。

『平家物語』の「祇王」の中に「清盛はおかしなことばかりなさった」という言葉があったと思う。「祇王」で能力の高さゆえに誰にも理解されないような、おかしなことをするのは、清盛と祇王と仏の三人である。しかし清盛はそれほど能力は高くない。そして祇王と仏は同じ程度の能力を持っているので理解しやすい。事件も単純である。ところが『こころ』は能力の高い人間が(Kと若い頃の先生も含めて)五人も出てくるうえに、それぞれがそれぞれの細かな事情に制約された細かな限界を持っていて、しかもそれぞれ能力の高さが違っていて、起こる事件も悲劇的でショッキングで、しかもそれぞれが濃密に絡み合う。だからもう普通の経験的意識では読解が追いつかない。五人もおかしなことばかりなさるのだから。五人の能力を見極めるには五人の能力を超える能力を持たないといけない。それだけの能力を手に入れるには時間が掛かる。若いうちには読解が絶対に無理な作品である。しかし年を取って『こころ』が理解できそうな歳になるまでに、学者に能力を毒される恐れがある。『こころ』を読むようなインテリほど学者に毒される可能性が高い。インテリ以外の層に理解を期待するしかないが、日本ではインテリ以外の層は全然本を読まない。教科書でしか『こころ』を読まない。そしてまた国民精神全体に経験的意識が広範に根付いているから、どのような健全で善良な人間でも、経験的に『こころ』を読んで、先生はケシカラン!という道徳的に読みに陥ってしまう。日本では『こころ』の理解は全然期待できない。どう転んでも無理である。……ということを漱石は理解していた。それで先生の自殺によって国民精神と永遠に決別したが、その国民精神によって漱石は長年振り回されて、かなり疲弊している。その疲弊が『こころ』という作品にかなりの影を落としている。そしてその影がまた『こころ』を分かりづらいものにしている。
『こころ』は日本によって規定された日本でしか生み出されようのない、そしてまた日本には珍しく突然変異的に生み出された高度な作品であり、高度な作品である為に日本で生まれながら日本では絶対に理解されない作品である。



『こころ』は理解されない。たまに私のような汚されていない青年が作品の真実に僅かに触れる程度である。その青年も年を取ってけがされていき、『こころ』から遠ざかる。私のような精神を、誰もが自己内に所有して、けがされないように年を取るまで温めながら拡大発展させないと、『こころ』は理解できない。私は私なのだ、という意識を、誰もが持たないといけない。だから漱石は私が国民皆の私自身になるようにという、はかない願いを込めて、俺でも僕でも自分でもなく、私にしたのだろう。
今の日本では『こころ』の理解は一部の変人だけが到達できる。その変人がスタンダードでなければならないが、変人は当分変人のままだろう。

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テーマ : 夏目漱石
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