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沖縄戦雑感

沖縄から出荷された黒糖は魚雷やエンジンの工業用アルコールに変えられた、という記述が県史にありました。県民は無意識に戦争に協力していたのです。ですから県民は軍に対して全体的に非協力的だったようですが、それを持ってして「沖縄県民は平和的」とすることはできないように思います。


指を切り落とすというあからさまな徴兵拒否・反戦的行為があったそうですが、一部の人々の抵抗にとどまり、全県民的な大きな意志になることはありませんでした。多くの県民は唯々諾々と軍に従いました。あるいは積極的に協力していきました。


少年兵の中には自ら志願した者も多かったそうです。大田昌秀は元鉄血勤皇隊員なので、少年兵に多大な同情を持っていましたが、彼らの多くは軍国少年であり、軍に積極的に協力する意志があり、実際に米兵を殺害するという加害行為に及びました。大田昌秀のような戦争体験者に特有の感傷を超えて私たち今に生きる沖縄県民は少年兵の加害性について厳しく認識し直す必要があると感じます。


飛行場の建設には婦人も子供も駆り出されたし、軍への食糧供出にも婦人と子供は積極的に協力しました。女も子供も県民は等しく戦犯としての罪を負っていると言えます。


「平和の詩『生きる』」に描かれた「被害者の沖縄県民」「可哀想な沖縄県民」という規定、強烈な被害者意識を超えて、県民の加害性について語るべき時代が来ているように感じます。被害や被害者意識を否定するつもりはないですが、それらをいったん置いて、加害性を学習しなければ、本当の平和は創造できないはずです。平和は加害と被害の両輪があって初めて形成されます。この島に渦巻く被害者意識から来る感傷を乗り越えるのは容易ではありませんが、これを乗り越え、ワンパターンな被害体験の裏に隠された県民の加害の事実と、県民の加害によって悲惨な目に遭わされた真の被害者の物語を見つけることが今に生きる県民の責務だと思います。ドイツ国民が被害体験を乗り越えて自己の加害性を語り継いでいるように。沖縄県民もドイツ国民のようにならないといけません。被害者意識に塗り固められた沖縄県民の平和と、加害性を意識し謝罪と反省に裏打ちされたドイツ国民の平和とは、まるで異質なものです。


ーーーーーー


「沖縄戦で戦死した人々は『天皇陛下万歳』などとは言わなかった。『お母さん』と言いながら死んでいった」という人が多いが、これは間違い。「天皇陛下万歳」「靖国神社で再会しよう」と言って死んだ沖縄県民は実際にいた。沖縄県民は軍国主義の被害者ではなく軍国主義の積極的協力者だったと規定し直すべきだと思う。「沖縄県民は被害者」という言説はもはや定説化されているが、この定説は破壊して沖縄県民の加害者の姿を暴いていくべきである。


沖縄県民が戦争に動員されたのは「日本軍による皇民化教育が原因」だとよく言われているけれど、それは逃げだと思う。「沖縄県民の野蛮性が原因」とするべきだと思う。
大田昌秀は沖縄は戦国時代は野蛮だったが、琉球王朝が出来てからは非武の文化が形成されて、人心も平和的になったと書いている。
だけど、県史や町史などを見ると、信じられないような非道な事を県民がやっている事実に驚かされる。戦時だから仕方ないという意見もあるだろう。しかし百歩譲って「戦時だから仕方ない」としても、なぜ平和な戦後に加害の事実を隠蔽し続けるのだろうか。沖縄県民が本当に平和の民なら、ドイツ国民のように戦後に加害を積極的に発信していたはずだろう。しかし沖縄県民は加害を隠蔽し続けたし、隠蔽だけに留まらず、沖縄に居残った慰安婦をいじめ尽くし、ペ・ポンギさんを自殺にまで追い込んでしまった。そしてペ・ポンギさんを語り継ぐのではなく「ひめゆり」「対馬丸」を語り継ごうとしている。恥知らずな民族である。
やはり沖縄県民は平和な民ではない。野蛮な民だと思う。
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