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『こころ』先生と叔父と社会

先生の叔父は心変わりをした。そして先生を裏切った。ーーーー

しかし、叔父の心変わりや裏切りを単純に非難してはいけない。問題なのは叔父の「心変わり」や「裏切り」が具体的にどういう意味を持っているのか? である。

まず叔父の「心変わり」「裏切り」を考えるヒントになるのは、叔父が事業家であるという事実である。
叔父はなぜ事業家なのか? 叔父は自らの意志で事業家になったのではない。その頃の明治は資本主義の誕生とその急速な発展により、社会が激しく動き出していた時期である。その影響によって停滞していた田舎の社会までもが激しく動き出すようになった。その激しく動き出した田舎の社会状況が更なる発展の為に多くの事業家の存在を必要とした。叔父はそのような社会の要請を受けて事業家になったのである。

人間は自分の意志で人生を選択しているように見える。しかし、人間は社会に生きる限り、誰もが社会に規定されている。人間の意志はその人間が自分で生み出しているように見えるが、実はその人間を規定する社会がその人間の意志を生み出しているのである。

叔父も社会に規定されている。そして激動する明治社会の事業家を要請する意志に触発されて、叔父は事業家になるという意志を自己内に生み出した。そして事業家になった。事業家である叔父は社会が作り出したのである。

激動する社会で激しく活動する叔父の世界は、なまやさしい道徳や人情の存在しない、実力主義の世界である。同業者を出し抜き、蹴落とし、出世していくには実力のほかに金も必要になる。
叔父の世界では、道徳や人情といった陳腐な物を掲げて、仲良く気ままに楽しく暮らしている先生の父のような世界は存在しない。実力と金だけが厳しく要求される。それがないと容赦なく競争から脱落し実業界から追放されてしまう。実業界という激烈な生存競争下で道徳や人情を掲げる者は無能である。叔父の世界はそれほどまでに実力主義・金銭主義が徹底している。

そのような世界に生き、そのような価値観を持っている叔父にとっては、先生の父の持つ財産はどうしても必要なものになってくるし、先生の父の財産を先生に無断で使うことは、しごく当然のことである。

叔父にとっては叔父の階級で生きるのに金は必要である。だから財産を使うのは叔父にとっては当然である。それに叔父は先生の面倒を見てやっているし、ゆくゆくは自分の娘を先生に譲って、先生を家族として迎え入れようとしているから、家族同然の先生の財産を無断で使うのは、叔父にとっては自然である。

しかし先生はそのような叔父の事情や厚意を全く思慮に入れず、ほとんど一方的に怒り狂っている。これは幼稚である。ワガママである。確かに財産を勝手に使ったのは悪いことであろう。しかし叔父には叔父なりの社会的な事情があるし、叔父には自分の娘をくれてやって先生を家族にしてやろうという多大な厚意があったのである。それを先生は全く考慮せず、自分の財産に対する欲望だけを前面に出して、陰気に偏執狂のように怒るのである。

それに叔父は財産を全て奪った訳ではない。先生が一生贅沢に暮らして行けるだけの財産を譲ってくれたのである。しかし先生は叔父への怒りを解消できず、叔父と縁を切ることを選択している。

しかし、先生が財産に執着して怒り狂うのもまた、先生の個人的意志ではなく、先生の生きる社会の意志である。
資本主義の発展によって叔父のように事業家という新しく誕生した階級に身を委ねるのも社会の必然であるし、先生のように資本主義の発展によって社会から取り残されて財産に執着する生き方もまた社会の必然である。

資本主義の発展によって、叔父と先生はしかるべく分離された。そして別々の人生を歩んで行った。二人は個人の意志ではなく、社会の意志によって分離されたのである。

先生はそのことをわかっている。叔父が単に自己のエゴイズムで先生の財産を奪ったのではないということを。叔父の裏切りが社会によって規定された必然であるということを。
しかし財産に強力に規定されている先生にはどうしても許すことができなかった。
大人になった現在でも叔父を激しく憎んでいる。そしてこの先生の怒りもまた社会の必然であって、社会の意志である。


このように叔父の裏切りは社会によって規定された行為であり、明治社会の生み出した必然であるから、正確には「裏切り」ではないのである。だから単純に道徳的に非難するのは間違っている。
だから『こころ』を読む読者は、先生のように怒りに溺れるのではなく、叔父の社会的必然を考慮し、先生のような怒りを超えて、そして先生の限界を超えて、先生を受け継ぎながら先生の弱点を克服した先生を超える思想を生み出すべきである。

先生の怒りに同情しないこと。しかし、先生を全否定するのではなく、先生の優れた思想は受け継ぎ、先生の怒りや恨みを超えて、先生の優れたは思想だけを拡大発展させること。それが読者の課題である。

だから単純に叔父の「裏切り」を額面通り「裏切り」と捉えて、先生と同じような怒りを抱いていると、先生を超えることはできない。
叔父の「裏切り」は「裏切り」ではない。そういう認識が大切である。
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テーマ : 夏目漱石
ジャンル : 小説・文学

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