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『虐殺教育』2

 「今すぐ来てくれ。実は…」
   「誰だ、あんた? おい? マサシか? この野郎カネ返せ! ぶっちくしょー!」
   「光晴(みつはる)、落ち着け。俺だよ…」
   「ああ? 誰だよ?」
   「兼次(かねつぐ)だよ。お前、まだ金貸しなんかやってるのか…」
   「おぅ、カネ公。久しぶりだな。酒でも飲みにいくか?」
   「いや。ちょっと問題が起きて…」
   「×××商店街の×××で飲もうぜ。待ち合わせ場所は…」
   「おい。人の話を聞けよ。相変わらずせっかちな男だな」
   「例の×××小鳥店の所のバス停にしよう。もうお昼食べたか? 軽くメシでも食うか? マックとかどう? コーヒーが美味くなったらしいよ」
   「お前なぁ。……あのな、実は×××島でのことでな…」
   「×××島!」
   沈黙。
   「…なにか問題でも起きたのか? ばれたか?」
   「だから問題が起きたと、さっきからいってるじゃないか」
   「もったいつけずにいえよ」
   「実は…」
   オジイは話した。
   「バカだなぁ」
   「すまない…」
   「でも、うまくごまかせたんだろ? 問題ないじゃないか」
   「でもなぁ。俺の孫は勘の鋭いところがあるんだよ」
   「へへへ。孫の自慢か。凄い溺愛してるよな、お前」
   「いや。溺愛してるけれども。そういう話をしてるんじゃない。……孫は勘は鋭いけどな、決して頭はいいほうじゃない。むしろ悪い。勉強も運動もできない。集団行動が苦手で、学校も大嫌いだ」
   「えらい、いいようだな」
   「しかしだな、そういう子供に限って、妙に反骨精神があって、曲がったことが大嫌いで、教師に楯突いたりするだろう? そういうタイプの子供なのさ」
   「教師の権威や学校の規則が嫌いな落ちこぼれ。そういうやつ、クラスに一人はいたな。たしか作家のヨシ公もそうだったな。あいつ教師たちから蛇蝎のように嫌われていたじゃないか。『口だけ達者なクソガキ』っていわれて。いまでも色々な人と敵対しているよな。雑誌の中で一文にもならない政治の愚痴とか右翼の批判をダラダラ書いてやがるから無駄に敵を作ってしまう。もっとうまく立ち回ればいいのに」
   「そういえば元気かな。吉のやつ。編集長だったっけ。偉いよな。自分で雑誌作って、平和のために精力的に活動してる。芥川賞作家、生田吉(いくた・よし)。はぁ、大したもんじゃないか」
   「ケッ。バカいっちゃいかんぜ。平和のためだと? たしかに昔のあいつはそうだったけどな、いまのあいつはそうじゃない、自分の名誉欲ために沖縄戦を利用してやがるだけさ」
   「沖縄戦の小説があいつの得意分野だからな」
   「賞を沢山もらって、ずいぶん変わっちまった」
   「いいじゃないか。芸術家ってのはだいたいそういうもんさ。功名心が創作のエネルギーになる。そしてそれを読んで多くの人が平和の尊さを学ぶ。別にいいと思うけどね、俺は」
   「まぁね。俺も別に悪いとはいっちゃいないさ。あいつはよく俺にメシと酒をおごってくれるから、あいつのことは応援してるよ。俺のメシと酒のために、これからもじゃんじゃん沖縄戦の小説を書いてほしいものだぁね」
   「あきれた…。なんでお前はそう人にたかろうとする? 金なら腐るほど持ってるだろう」
   「趣味が金儲けなんだよ」
   「金儲けして、なにに使う」
   「別に使わない。ただ金を見るだけで楽しいんでさぁ。札束を拝むと安心するし、美味しい酒も飲めるんでさぁ」
   「ウジェニー・グランデに出てくる因業な爺さんみたいだな」
   「懐かしい。バルザックか。若いころよく読んだな。×××島にいたときに……おい、話が脱線してるぞ。お前さんはお孫さんをどうしたいんだ?」
   「うまく騙そうと思う。しかしさっきもいった通り、勘の鋭い子だから、ちょっと工夫しないといけなくて…」
   「まどろっこしい。子供なんざ叱り付けてやればいい。恐怖で抑え付けて口を封じてしまえばいい」
   「だめだ。あの子は大人から理不尽なことをされたら、歯向かってくるタイプだ。怒ったりすればかえってあの子の中の×××島への好奇心を焚き付けることになる。優しくやらないと」
   「で、どうするよ?」
   「お前の力が必要だ。お前は沖縄戦の語り部をしているよな? あの子に沖縄戦の話を聞かせてほしいんだ」
   「沖縄戦? …なるほど、読めたぞ。情緒的な沖縄戦の話を聞かせることで、残酷な×××島の事実を抹殺しようってことだな?」
   「そうだ。抹殺というのは、いいすぎだが…」
   「『臭い物にはフタ』だね」
   「いいや。『水に流す』んだ。完全に『なかったことにする』んだ。それくらい徹底しないとあの子はいつかまた×××島のことを思い出す。そうして大人になったら……なにをするかわからんぞ。自分で調べ上げて事実を掘り起こし、世間に暴露するかもしれない。そうなれば皆に迷惑がかかる。それは絶対に避けないといけない」
   「俺にまかせろ。大船に乗ったつもりでいてくれ。俺は沖縄戦の話しはうまいぞぉ。あちこちで講演してきたからな」
   「いいかい。あの子の反戦意識をいたずらに高めるような話はよしてくれよ。たとえば爆弾で肉体がバラバラになったとか。チビチリガマの集団自決とか。朝鮮人軍夫や慰安婦とか。そういった残酷な話でなく、対馬丸とか、ひめゆり学徒隊とか、そういう感動できそうな話を、やわらかい調子で話しておくれ。情緒の洪水であの子の理性や反骨精神を溶かして洗い流しておくれ」
   「わかってるって。俺はそういう話が得意だ。講演に来る聴衆っていうのは、なにせバカばっかりだからな。真面目に戦争を学ぼうという意識が全くない。泣ける沖縄戦の話を聞いて、感動の涙を流したいだけなんだよ。ちょっとでも加害の話をしたら、怒り出すんだ。……たとえばほら、×××島で、沖縄県民が沢山の土人どもを殺したじゃないか」
   「…ああ。……あれはひどかった。毎日のように虐待して、ボロ雑巾のようにこき使って、挙げ句の果ては強姦、虐殺。……戦後逮捕されて銃殺刑になった人たちは災難だったな。いや、自業自得なんだけども……」
   「ある語り部に×××島出身のやつがいた。そいつに沖縄県民の加害の話をしたことがある」
   「ほお。どういう経緯で?」
   「俺が講演をするのは金を儲けるためだ。だから色々な語り部の講演会にいって、どんな講演が受けるのかをうんと勉強していたんだ。ある講演でその語り部に出会った。俺が講演の後近付いていって『私も×××島の出身です』といったら『まあ、嬉しいですわぁ』と顔を輝かせるんだ。で、昔苦労したことをババババーッとマシンガンのように一方的にまくし立てやがる。そこで試しにこういってやった。『沖縄の人たちはいっぱい現地人を殺しましたよね。そういうことはどうして話さないのですか』って。そしたらすごい怖い顔で俺を睨みやがって、『えぇい!』と怒鳴って机をバーンと叩くと、ドシン! ドシン! と音を立てて歩き去っていきやがる。はっはっはっは。いま思い出しても愉快痛快だ。そしてわかった。語り部ってやつは、自分たちの被害のことばかり話して、加害のことは話さないってことさ」
   「ひどい語り部がいたもんだな」
   「『語り部』じゃない。『たかり部』だよ。聴衆の『私、沖縄戦の話を聞いて、感動したいわぁ』という浅はかな欲求にうまくたかって金をせしめる。聴衆もバカだよ。軽薄な沖縄戦の話を聞いて、平和意識が高まったような気になって、『私、沖縄戦を語り継ぐわ』とかいって。だけどやつらが沖縄戦のことを考えるのは慰霊の日のうちのわずか数時間だけなのさ。決して図書館にいったり本屋で本を買って勉強したりはしない。テレビ見て、ゲームして、チチクリ合って、クソして、寝て、起きると、完全に忘れちまうんだよ。そしてまた慰霊の日になるとクソみてぇなドヤ顔で『私、沖縄戦を語り継ぐわ』でさぁ。はっはっはっは。これが沖縄の戦後七十三年の『平和の継承』の正体なんだよ。へっへっへっへ。愉快な民族だよ。だけど沖縄県民がそんなバカだから俺たちのような『たかり部』が金儲けできるんだ。まあ、そういうわけで、俺はバカどもに合わせたおかげで甘ったるい沖縄戦の話が非常にうまくなったって訳だ」
   「なるほど。それは頼もしい。それにしても加害を隠している戦争体験者はいまも相当数いるはずだろう。だけど一向に加害を語ろうとはしない。まあ、俺もそうなんだが…」
   「気に病むことはないさ。俺もな、昔は俺のやった加害を悔やんだものさ。…現地人の女どもを六人も犯して殺したからな」
   「いいや、九人だ…」
   「…そうか。そんなにだったか。……それでな、講演会で話したことがあったんだ」
   「なんだと!」
   「いや、俺たちのやった加害の話じゃないよ。他のやつらがやった加害の話さ」
   「なんだ。そうか。それならいい…。それでどうなった?」
   「怒られたよ。主催者に。それはもう怒髪天を衝く勢いで。話してるときも、聴衆から悲鳴が上がったよ。『もうそんな話聞きたくないですぅ』って泣き出すやつもいた。ある婦人は講演後俺に近付いてきて、こういったよ。『そんな過激な話は子供には聴かせたくないです。あなたはこの会場に小さな子供もいることをわかっていますよね。それなのに、どうしてそんな話をなさるのですか』。俺はいった。『小さな子供がいることはわかっています。だからこそ、子供たちのために、残酷な事実をありのままに語って聴かせようと思ったのです』。婦人は凄く嫌な顔をした。そしてペッと俺の顔に唾を吐き掛けた……」
   「ひどい話だ。世も末だな」
   「沖縄県民は自分たちが悲劇のヒロインでいたいのさ。『ナイチャーは冷たい』ってよくいうけれど、俺からいわせれば、ウチナーンチュもナイチャーと大差ないね。どっこいどっこいだ」
   「まあ、そうだろう。しかし自分たちは平和の民だと思い込んでいるんだからね。滑稽だよ」
   「ところでお孫さんの件だが、どうするよ? いまから来るか?」
   「頼む。早いほうがいい」
   「講演の甘さのレベルは? 一ざわわ? 二ざわわ?」
   「なんだそれは?」
   「ほら。CoCo壱番屋のカレーの辛さに『一辛、二辛…』ってあるだろ? あれと同じで、俺の講演にも甘さのレベルがあるのさ。十ざわわまであるよ?」
   「バカバカしい」オジイは思わず噴き出した。「もちろん甘ければ甘いほうがいい」
   「じゃ、十ざわわな? だけど高いぞ、十ざわわは?」
   「金に糸目は付けない。全力でやってくれ」
   「ヤギ汁もおごってくれよ。あとステーキと酒も」
   「いいよ。そうだ。居酒屋に吉も誘おう。最後に会ったとき、雑誌が売れないといって、落ち込んでいたから」
   「あの雑誌は大真面目に戦争の実相に迫っているからね。日本じゃ受けないよ」
   「ところで『ざわわ』ってのは『さとうきび畑の唄』のあれか?」
   「もちろん。あの歌って、作ったやつも歌ってるやつも頭いいよな! 『戦争商法』って俺は呼んでるけど、ああいうのは絶対に需要があるんだよ。『爆弾で肉体がちぎれた』と歌ったら日本では受けない。『ざわわ、ざわわ』なら日本では受ける。いやぁ、実にうまい。不真面目な日本人の特性を的確に捉えて作られたすばらしく不真面目な歌だ」
   「じゃあ、今日はお前も思う存分不真面目にやってくれよ」
   「了解」
   光晴は変な声でざわわざわわと歌った。オジイは噴き出した。
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