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『虐殺教育』

   『虐殺教育』

   慰霊の日なので家族はNHK沖縄の追悼式の中継を観ていた。偉い人たちの演説が長々と続くので、タカシはちょっとつまらないと思って部屋から出た。
   (そういえば慰霊の日で思い出したけど、オジイはなんか、テレビで戦争のことが出たら、『オジイの部屋の押し入れを開けるなよ』っていう。きっと今日も言われるんだろうな。なんでだろう…)
   と思いながら歩いていると、自然とオジイの部屋に来てしまった。
   (見ちゃえ)
   そっと部屋に入ると押し入れを開ける。上段にも下段にも難しそうな本がいっぱい並んでいた。
   (なんだ。本棚にしてるのか。きっと大切な本があるんだろうな。それで開けたらダメといったんだろう。でも自分には難しそうな本ばかりだから読む気にはならないよ)
   閉めようとしたら何かが落ちてきた。古い大学ノートだ。表紙に『×××島戦記』と書かれてある。何気なく拾って中を開けた。
   (あ!)
   っと思った。女の人を寄ってたかって暴行し、殺している男たちの絵が描かれていた。その絵の上に《ああ、俺はなんてことをしたのだろう》と書かれている。
   タカシは悲鳴を上げた。家族がやって来て、タカシがオジイの戦記を読んだことが知れると大変な騒ぎになった。
   家族はこの戦記の存在を知っていたが、ずっと秘密にしていたのだ。
   オバアが怒った。
   「オジイよぉ。だから捨てておけっていったろ」
   オジイはうなだれて「すまない…」といった。
   「なにがすまないか。すまないで済むか。このバカヤロー。ぶち殺してやるぞ」
   「おいおい。慰霊の日だぞ。そんな物騒な物のいいかたは慎んで…」
   「なにをいいよるか、モーロクジジイ。おまえのおかげでこんなもののいいかたをしているんだろうが。おまえなんか、米軍の戦車のキャタピラに潰されてグチャグチャにされてこい。アホ」
   「…」
   オジイがこっぴどく絞られているその頃、タカシもお父さんとお母さんに別の部屋で叱られていた。
   「人様の部屋に勝手に入って、勝手に物をさわったら、それはドロボウだよ」とお母さん。
   「ふざけたやつだ。このコソドロ。アホ。虫けら。白アリ。腐ったタマネギ。泥だらけの野良犬…」とお父さんは母親ゆずりで口が悪い。しかもねちっこい。大人しいタカシもさすがにムッとした。
   「オジイも人様の国に勝手に入って、勝手に人を殺したんでしょ?」
   「なんだと」お父さんはカンカンになってガミガミ怒鳴った。それからこういい添えた。「お前勘違いしてるな? おじいちゃんはな、兵隊として×××島にいったんじゃないぞ。おじいちゃんはな、移民っていって、戦争が始まる前から×××島に住んでいたんだ。一般住民としてな」
   「なんだ、そうだったのか」
   「そうだ」
   「じゃあ、なんでオジイはあの女の人を殺したのさ」
   「殺してなんかいない。それからおじいちゃんのことはオジイって呼ぶんじゃない。おじいちゃんといいなさい。目上の人のことを乱暴に呼んじゃいけない」
   「目上の人じゃないよ、もう。目上の人っていうのは目下の人に尊敬されるような努力をして初めて目上になれるんだよ。人殺しは目上じゃないよ。目下だよ」
   「殺してないといってるじゃないか」
   「じゃあさっきのあれ、もう一回見せてよ」
   「それは…」
   「ほら、見せれないじゃないか。やっぱりオジイは人殺しなんだ」
   「この…」
   お父さんが殴ろうとして立ち上がると、オジイがやってきた。タカシはびっくりして飛び上がった。そうして後ずさりした。
   「たっくん」オジイはニコニコ笑いながらいった。「たっくん、あっちの部屋で、おじいちゃんとおばあちゃんと、一緒にお菓子を食べよう」
   タカシは震えた。
   (殺される。…きっとオバアがお菓子に毒を持って、オジイがトドメをさすんだ。証拠隠滅…死人に口なし……)
   「ほら、早くいかんか」お父さんが怒鳴った。
   「そうだ、その前にお前に話がある。ちょっと。あ、いや、ヨシ子さんはそこでたっくんに付いてて下さい」
   オジイはお父さんだけ連れていった。
   (どうしよう。きっと死体の処理をお父さんに頼むんだろう。その打ち合わせをやっているんだ)
   汗が出た。
   しばらくするとお父さんが出てきてニコニコ笑っていた。
   「タカシ。さっきは怒ってすまなかったな。さ、早くおじいちゃんたちのところへいっておいで」
   違和感を覚えながらタカシは震える足で部屋へと向かった。
   タカシはいつもの場所(部屋の奥)ではなく、入り口に近い場所にちょこんと座った。いつでも逃げられるように。
   「たっくん。お茶とお菓子だよ。もっとこっちにおいで」オバアがいった。
   「いやだ。毒入ってるんでしょ」
   オジイとオバアはびっくりした。そして大きな声で笑った。
   オジイはお菓子をかじってみせた。
   「ほら。毒なんて入ってないよ」
   「……」
   「たっくん。おじいちゃんはね、人を殺していないんだ」
   「……」
   「殺したのは昔の仲間なんだ。おじいちゃんはそれを見ていたけど、怖くて止められなかった」
   「…ほんと?」
   「ああ」
   「じゃあ、さっきのあれ、もう一回見せて」
   オジイは神妙な面持ちで首を振った。
   「昔の仲間というのはね、いまも生きていて、沖縄のどこかに住んでいるんだ。どこかはもうわからないが……でもその人たちの名前が知れたら大変なことになるかもわからん。たとえばさ、たっくんが若いころ、あやまちで人を殺してしまったとするよ。でも反省して、遺族にも謝って、ちゃんと収容所で刑に服して、沖縄に帰ってきた。そして大きくなって、子も孫もできて、平和に暮らしている。いいかい? そんなときにだよ? 人を殺したことがばれて、テレビやネットで放送されて、家族がいじめられたりしたら、どんなにかツライかな?」
   「すごくツライね」タカシの震えが止まった。タカシの中で疑惑は解消されたのだ。
   「じゃあ、もう見たことは忘れなさい」
   「うん」と返答したタカシだが「うーん…」とうなった。
   「どうしたの?」
   「これって、忘れたほうがいいの?」
   「そうさ。忘れたほうがいいさ」
   「うーん……」
   「どうしたの? なにを悩んでいるの?」
   「昨日見たテレビでいってたけどさぁ、沖縄戦で犠牲になった人のことは、絶対に忘れたらダメっていってたよ」
   「……」
   「だからあの女の人のことも忘れたらダメじゃないのかなぁ?」
   「あれはね、沖縄よりずーっと南の、遠い遠い国にある×××島の戦争なんだよ。だからね、沖縄戦とは違うんだよ」
   「でも戦争なんだよね? 原爆の本で読んだけど、戦争は世界中で起こって、いまも起こっているから、どの戦争も忘れたらダメって書いてあったよ。そうしないとまた戦争が起きるってよ」
   「……」
   「ねぇ、さっきのあれ、見せてよ。誰にもいわないからさぁ」
   「ほら、お茶冷めるよ。お菓子も早く食べないとアリが来るよぉ」オバアがいった。
   「ねぇ、オジイ。いいでしょ?」
   「わかった。でもたっくんが大きくなったら見せてあげるよ」
   「俺は誰にもいわないよ。ほんとだよ」
   「おじいちゃんはたっくんを信じてるさ。でもね、どんなにしっかりした人でも『うっかり』というものがあるだろう? うっかり話してしまって、おじいちゃんの昔の仲間たちが大変なことになったら困るだろう?」
   「……うーん。そうか。そうだよね。わかったよ」
   「わかってくれたか。おじいちゃん嬉しいよ。さ、お菓子をお食べ」
   しかしタカシはお菓子を食べながら、しつこくオジイに×××島のことを聞いてきた。
   「なにがあったの? オジイは兵隊じゃなかったんだよね? じゃあ仲間の人たちも兵隊ではないよね? 兵隊でもなんでもない、普通の人たちが、なんで女の人を殺したの?」
   「防空壕に入っていたんだけど、あの女の人はちょっと知的な障害があってね、アーとかウーとかいって騒いで、米兵に防空壕を見つけられそうになったんだよ。それでしかたなく殺してしまったんだ」
   「うそだ。あの絵は森の中だったよ」
   「森の中の防空壕なんだよ」
   「…そうか。うーん。でもなぁ。……そういえば、なんであの女の人は裸だったの?」
   タカシはもう小学生五年生だったが強姦というものを知らなかった。オジイは元議員で教育にうるさく、家ではNHKしか見せなかったし、漫画も読むことを禁じていた。
   「自分で脱いだんだよ。空襲の音でびっくりして、元々おかしかった頭が、よけいおかしくなったんだろうね」
   「うーん。……でも、殺すっていうことは、ふだんからその女の人をバカにしていたからじゃないかなぁ。そのバカにする気持ちが戦争になって、一気に出てしまったんじゃないのかなぁ。うーん…」
   「……」
   オジイは驚異を感じた。タカシは間が抜けたところがあるが、一つのことにこだわり出すと、納得するまでいつまでも考え続けるくせがある。昔、タカシが幼稚園児のとき、貧しい一人暮らしのおじいさんが隣に住んでいた。大変な困窮者だったが、みんな見て見ぬ振りで、嘲笑すらしていたのだが、タカシだけは「どうやればあのオジイを助けられるかな」といって、ゴハンもろくに食べずに考えにふけっていたことがある。そして食べずにこっそりと隠して蓄えていたゴハンやお菓子を持っていって上げるという実行力もあった。タカシのそういう優しさ、粘り強さ、機転、行動力……それらをオジイは高く買っていた。さすがは俺の孫だと誇りに思っていた。しかしそれがいまはアダとなってしまった。自分の喉元に突き付けられた匕首になってしまう恐れをはらんでいた。
   共に女を強姦し殺害した仲間たちは実はこの町に住んでいる。みんな引退した元議員だが、一人だけいまも現役で活動している作家がいた。沖縄では有名で本土の文壇での評価も高い。いま彼は沖縄に文学館を建ててそこの館長に収まろうという野望を抱いている。文壇を作り沖縄にいる左翼の作家や思想家を囲い込んで右翼の論客を殲滅しようと計画している。オジイも思想的には左翼でこの作家の計画を全力で応援していた。だから何としてでも彼を守らなければならなかった。それにはなんとしてでもタカシの中に萌した平和意識を潰す必要があった。
   (平和のために平和を潰すのか…)オジイは皮肉だと思った。(しかし、しかたない。きっとそれがたっくんのためにもなるんだから。…そうと決まれば急ごう。たっくんが深く考えこまないうちに、急いでなんとかしなければ。今日は幸いなことに『慰霊の日』だ。たっくんは沖縄戦に関心がある。沖縄戦を利用しない手はない)
   オジイはトイレにいくとスマホで電話をした。元議員の人殺しの仲間に。
   「今すぐ来てくれ。実は…」

(続く)
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