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夏目漱石『こころ』感想

「…以前はね、人の前へ出たり、人に聞かれたりして知らないと恥のようにきまりが悪かったものだが、近頃は知らないという事が、それほどの恥でないように見え出したものだから、つい無理にも本を読んでみようという元気が出なくなったのでしょう。まあ早くいえば老い込んだのです」
 先生の言葉はむしろ平静であった。世間に背中を向けた人の苦味を帯びていなかっただけに、私にはそれほどの手応えもなかった。私は先生を老い込んだとも思わない代りに、偉いとも感心せずに帰った。


   『それから』の代助と同じで、能力が高くなったために、本を受け付けられなくなったのだろう。人は若いとき、まだ能力が高くないとき、能力を得ようとして手当り次第に本を読む。能力が高くないから、どの本も自分より高い能力(内容)を持っているから、読んで能力を吸収していくのが楽しい。だが能力が高くなると本が陳腐に思えてくる。小説家、学者、大学教授とかが馬鹿らしく思えてくる。レベルの低い俗世間のことなんか知る必要はない、と思えてくる。それで先生のように「知らない」ことが「恥でないように見え出し」てくる。これは能力が高い証として、誇ってもいいものだが、先生は自分を卑下するクセがあるから、「本を読んでみようという元気がなくなった」と説明し、「老い込んだ」と自己否定する。実際は先生は本気でそのように思っている。しかし「老い込んだ」は間違った説明で本当の能力が高くなったということだから、「苦味」を帯びていない。私にはそれが直観的にわかった。だが私はそんな先生を偉いとは思っていない。能力を持つ者にとって、能力を限界まで極めるのは、能力を持つ者の使命であるし、自然である、ということが能力を持つ私には無意識にわかる。だから先生を特に偉いとは思わない。それに先生は能力の限界に突き当たっていながら限界を打ち破ろうという意欲がないから、意欲もあり能力もある私には無意識に「偉くない」と感じるのだろう。私はこのように先生の能力に溺れることなく、能力を的確に冷静に捉えている。私は先生よりも伸びるだろう。
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テーマ : 夏目漱石
ジャンル : 小説・文学

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ブログタイトルは夏目漱石の「黙々として牛の如くせよ」から。

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