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夏目漱石『こころ』感想

《私は冬休みの尽きる少し前に国を立つ事にした。立つといい出すと、人情は妙なもので、父も母も反対した。
「もう帰るのかい、まだ早いじゃないか」と母がいった。
「まだ四、五日いても間に合うんだろう」と父がいった。》

人と人とが能力で繋がるのではなく、人情といった経験的意識で繋がる田舎では、すぐに関係性が陳腐になり、マンネリ化する。父も母も、私に対して、すぐに飽きてしまっていた。しかしいざ立とうとすると、止めようとする。陳腐でマンネリした人間関係しかない田舎の世界では、人が沢山いてもつまらないが、しかしどうせなら人が一人でも多く居たほうが刺激が多く、マンネリが少なくて済む。だから田舎の連中は何かと口実を作っては寄り集まるのを好む。昼間から酒を飲んで騒ぎたがる。離れていても互いにうるさく干渉し合う。生温い、どんよりと停滞した、底なし沼のような気味の悪い人情形態である。これをマスコミは「現代人が忘れた、人と人との支え合い」「温かな人情が、さびれた山奥にありました」とかいって褒める。そして都会を「お隣さん同士の付き合いが失われた」「冷たい都会人」とかいって批判する。
しかし漱石は逆で、田舎の賑やかな人情形態を批判的に描写している。東京の町の人情に拘泥しない寒々しさを、田舎の生温い人情と対比して、東京の町の寒々しさのほうがサッパリとして、潔くて気持ちの良い、本当の意味での人間の温かみを感じさせる空気感として描写する。

《東京へ帰ってみると、松飾はいつか取り払われていた。町は寒い風の吹くに任せて、どこを見てもこれというほどの正月めいた景気はなかった。》

時間がゆったり流れる田舎に比べて、東京はもう松飾が取り払われ正月気分も消えていた。田舎にはどんよりした人情が停滞しているから、正月気分もダラダラ続く。東京は人間の活動が激しいから正月気分もすぐに終わる。田舎のまったりを、漱石は「優雅」とか「贅沢」ではなく「だらしなさ」「貧弱」と捉えている。都会のキッパリした時間の流れを漱石は潔いしエネルギーの横溢と捉えている。
田舎のまったりに憧れて移住をして田舎のまったりにハマることは、人情のぬるま湯に浸かることであり、停滞した人情に飛び込んで精神を停滞させ、精神を田舎風にスポイルされ、誰かを干渉したり、また誰かに干渉されたりして、道徳的な堕落に落ちていくことを意味している。
「私」のように東京の寒々しさ、厳しい人情に触れることは、都会のエネルギーによって精神を向上させる積極的意義を持っている。確かに田舎は癒されるだろうが精神がゆるんでしまう。都会は疲れるだろうがその分精神的果実は多い。東京の空気感に癒しを感じる私は相当に優秀な青年である。
帰京した私は《早速先生のうちへ金を返しに行った》。早速、というのがいい。田舎で弛緩した精神に私は無意識に危機感や嫌悪感を感じていて、早くどうにか活動せねば、と思っていたのだろう。弛緩した精神にエネルギーを送り込むには先生に会うのが一番である。だから早速私は先生の家にいったのである。
私はその際、金を返している。椎茸を上げている。早速金を返しにいくこと、早速椎茸を上げにいくことは、私にとって、儀礼を守る、ということではない。私はつまらない儀礼は持たない。そんな儀礼を持つほど俗物ではない。私は先生に会って自分の弛緩した精神にエネルギーを注入することが目的であり、金と椎茸はその口実に使われている。儀礼に縛られて、儀礼によって椎茸を先生に上げるよう助言した父と母とは大違いである。(私は儀礼を利用して自分の精神の向上を図ったのである。この勇気、遠慮のなさ、大胆さこそが、日本の古い儀礼や道徳を破壊するエネルギーとなっていくことだろう。このエネルギーをどこまでも押していって、いづれは鎌倉の海で猿股一つしか履かない西洋人ほどの大胆な精神性を持たないといけない。しかしそれはだいぶ先の未来だろう。けれど諦めずに進む度胸が必要で、その度胸が私にはある)
父は私が帰ってきたとき、儀礼的な嬉しさから、腎臓病にも関わらず、早々に床を上げてしまった。しかし先生は私が田舎に帰るための費用を借りにきたとき、軽い風邪にも関わらず、床から出ようとしなかった。
奥さんにもこのような遠慮を知らない性向がある。椎茸を貰った際に、「こりゃ何のお菓子」と私に遠慮なく子供っぽく訊ねていた。
先生と奥さんは儀礼から自由である。これが東京の空気である。都会の洗練された精神である。しかしこういう精神は都会でも持っている人が少ない。安易にこういう精神を出せば「失礼だ」と道徳的に非難される。だから先生と奥さんは、私にしかこのような態度を取らないだろう。私も先生と奥さんにしか、さばさばした態度を取らないだろう。三人は東京という都会で最も優秀な精神性を持つ者同士として、深く深く結ばれている。しかし都会で最も優秀だからこそ誰にも理解されない精神性だから、先生の家という東京の片隅でしか、この精神性・関係性を発揮しようとしない。この高度な信頼関係を先生の家の中だけのものにするのは非常にもったいない。いづれはこの三人の持つ高度な信頼関係を、先生の家の中から解き放って、東京中、日本中で見られる関係性にしなければいけない。それには読者が頑張って『こころ』に描かれた精神性・関係性を理解して、自分の精神に取り込んで、社会のなかで実践し普及させていく必要がある。先生の死によって、私は先生の家から解き放たれた。先生という高度だが限界を持った人物から解き放たれたということは、私にとって幸福であるし、また私という優秀な人材を先生の家から取り上げることのできた社会にとっても幸福であった。私は先生の遺書を奥さんに見せることによって、奥さんをも先生(家)から解放して、社会に出してあげなければいけない。それが奥さんにとっても社会にとっても有益であり幸福である。先生を超えた精神性を獲得し、社会にその精神性を伝播していくという、高い能力を持つ者に特有の使命を私と奥さんは持っている。先生の家は居心地がいいが、更なる飛躍のために、いつかは出ないといけない。それが先生の死によって促進された。先生の死によって、先生の精神は消滅することなく私や奥さんや読者たちに受け継がれ、社会のなかで拡散され、増幅され、永遠の命となって何世代にも渡って鼓動していく。

(しかし私のその精神的行為は田舎らしい純朴な心を失った行為として、厳しく非難され否定されるだろう。今後私は能力を伸ばすと共に田舎から更に分離し発展していく。その発展が田舎の家族には不可解だし、「息子が人間の情を失った」として憐れに思うだろうし悲劇とも思うだろう。私は(うまく能力を伸ばすことができれば)代助のように実家から排斥される。代助の分離の場合は実家の財産に未練を残していたし、先生も実家から叔父によって追放され、未練を残していたが、私は何の未練もなく田舎を捨て去り永遠に忘却するだろう。その田舎を捨てる(分離する)第一歩が「中 両親と私」の最後で、私が自分の父の死ではなく先生の死を心配し、汽車に飛び乗った行為である。「実の親より東京の先生を選んだ」、こういう行為は「人情」でがんじがらめになっている田舎者には絶対に理解されない。しかし私は能力を伸ばし続けることにより田舎者に理解されない行為を度重ねていくことだろう。私はそういう無意識な行為によって田舎に拒絶され排斥される。私はそれを理解できない。また、何とも思わないだろう。代助と先生は実家から排斥されたし、坊ちゃんと道也は自分から故郷を捨てた。しかし私は排斥もされないし、自分から捨てもしない。完全な無意識によって自然に田舎から分離されるだろう。私はそれほどまでに、世俗のあらゆる物事、価値観から自由なのである。私は『彼岸過迄』の森本のような完全自由な冒険家であり、完全自由な冒険家でありながらも森本のように目標を持たない漂浪家ではなく、思想という道を持った堅実で頼もしい冒険家である。そしてこの思想の道は先生とKが、また坊ちゃんや道也や苦沙味や代助や一郎たちが作った道であり、そしてまた私も道を切り拓き、道に殉職し、その道をまた誰かが切り拓いていくのである。志しある者たちの心は永遠に受け継がれていく)
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テーマ : 夏目漱石
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