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2018/12/12 南京大虐殺81ヶ年2018年東京証言集会

【この記事は12月12日までブログ冒頭に固定します】


《日程などは変更になる場合もあると思いますので、必ずご自分で検索などしてご確認下さい》

http://www.labornetjp.org/EventItem/1542531681306staff01
以下、上記ブログから一部転載します。

ーーーーーー

2018/12/12 南京大虐殺81ヶ年2018年東京証言集会「私の父は南京大虐殺の幸存者」、講演:張連紅南京師範大学教授(東京・水道橋)

南京大虐殺81ヶ年 2018年東京証言集会 
一人ひとりが過去を思い起こし、共生・平和の未来を切り拓く

時:2018年12月12日(水)午後6時30分~8時45分、午後6時15分開場

場所:全水道会館 大会議室(JR水道橋駅)徒歩3分
・JR水道橋駅の北側、「白山通り」道路を隔てた右側。
・都営地下鉄 三田線 水道橋駅 A1出口。

集会内容

■証言
「私の父は南京大虐殺の幸存者」
(幸運にも生き延びた者)
常小梅さん (被害者・常志強さんの末娘)
ご本人が高齢のために来日が不可能であり、今回は、代わりに末娘の常小梅さんが証言して下さいます。

南京虐殺-70年目の証言 常志強(ツァン・ツーチャン)
(全体で、40分)
1928年生まれ。9歳で事件にあい、家族のほとんどが殺害された。
彼以外で唯一命をとりとめた姉も、日本軍から受けた被害が原因となり後に死亡。
聞き取り:
・2007年3月
・南京大虐殺記念館

その1(9:39)
https://www.youtube.com/watch?v=H-CaVZhHYEA ;
その2(9:14)
https://www.youtube.com/watch?v=hbdcvpI5cUw
その3(8:20)
https://www.youtube.com/watch?v=d39m1WSqPDg
その4(5:47)
https://www.youtube.com/watch?v=yqh0sh6o_1Q
その5(6:35)
https://www.youtube.com/watch?v=R1HGDaw95-M

■講演
「日本軍による南京大虐殺の暴行に対する戦時国際社会の反応
―- 米国を中心にして ―-」
講師 張連紅さん(南京師範大学教授)

連絡先:ノーモア南京の会(FAX 03-3889-9499)

資料代:1000円(高校生以下無料)


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知の楽しみ、書き起こし

前に紹介したヘーゲル「小論理学」の解説動画「知の楽しみ」ですが、
動画製作者(赤嶺さん)が新しく一から解説を始めています。
書き起こしを半分まで書きました。
またあとで書ければアップします。
(できなければ明日になります)
「改行多すぎ!」「ひらがな多すぎ!」など意見・要望があれば
言ってきて下さい。
それと、今回の動画は書画カメラを使っていて、見る人に赤ペンで指し示しながら
解説されているので、実際に映像を見ないと理解できない箇所があります。
そういう箇所は文章だけでもわかるように自分流にアレンジしていますので、実際の動画とは違う所もあります。
その箇所には「(カメラ)」と表記しています。

続きを読む

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ショーロホフ『人間の運命』感想

【夏にはあちこち干上ってしまうほどの小川が、モホフ部落の向かいの、ハンの木の生いしげる低地いっぱいにあふれ、幅一キロにもなっていた。渡し舟といっては、どうみても三人以上は乗れそうもない、古びた平底ボートが一艘だけ。ここでわれわれは馬を帰らせた。対岸の農場の納屋で、冬の間にあずけた年功経たるジープがわれわれを待っているはずだった。運転手と私がおそるおそるボートに乗り、同僚は荷物とともにひとまず岸に残る。岸を離れると同時に朽ちた舟底のあちこちから噴水のように水が吹き出した。二人して手あたりしだいの物を使い、穴をつめるやら、水を掻き出すやら、騒ぎは流れを渡りきるまで続いた。一時間後にわれわれはエランカの向こう岸に上った。運転手は部落からジープを取って来ておいて、もう一度小舟に歩みより、擢を手にしながら、
 「このボロ桶が中途で分解しなければ、二時間もすればまた現われますよ。それより早くはちょっと無理でしょうな」
 部落はかなり遠くにあった。舟着場のあたりには、人里はなれた土地の晩秋もしくは早春にのみ可能な、あまり人の訪れないところに見られるような静けさが満ちていた。水面からは湿り気と朽ちたハンの木の渋い香がたちのぼり、はるか薄紫のもやにけぶるホピョール河(ドンの主な支流の一つ)ぞいの草原からは、雪を脱いでよみがえった永遠に若い大地の匂いも、かすかにそよ風に乗ってただようて来るのであった。】


   これほど危険で大変な苦労にぶつかれば、ため息が出たり、「あーあ」などとつぶやいたり、愚痴を言ってしまいそうですが、主人公はそういう醜い素振りを見せないし愚痴も言いません。ここまで自然を美しく細やかに観察できる人間は、自然に対して決して悪態をつくはずがありません。愚痴を言うどころか、引用の最後の部分では自然を楽しんでいます。
   長く引用をしたのは、これほどの苦労を舐めながら、愚痴を一つも言わない主人公の驚くべき高度な精神を多くの方に見て貰いたかったからです。現代ではこのような高度な精神は失われています。特に精神の後進国である日本の国民は些細な事に対しても愚痴や不平不満ばかり言っているので、僕らはこの主人公の精神から多いに学ばなければならないと思います。 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
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ショーロホフ『人間の運命』感想

   主人公らは雪解けの悪路の中、長距離の旅に出ることになりました。


【じゅうぶんに飼葉を与えられた二頭の馬が、引綱をぴんと張って、ようようのことで荷車を引いて行く。なにしろ車輪が半ば近くまで氷雪まじりの泥沼の中にめりこんでいるのだから、一時間もするうちには馬の脇腹も太腿も細い皮帯の下一面まっ白に泡を吹き、周囲の新鮮な朝の空気にツンとした馬の汗の匂い、馬具にしみこんだタールのぬくもった匂いが、酔わせるようにひろがった。】


   厳しい自然の描写ですが、実に生き生きと、まるで自然の厳しさを楽しむかのように描かれています。自然に興味がない人は、自然の厳しさをこのように楽しく描く事はできません。自然の厳しさを恨んだり困ったりするような描写になるはずです。この物語の主人公は、自然の厳しさを生き生きと観察しています。戦争から解放された喜びがこういう何気ない描写からもよく伝わってきて感慨深いものがあります。
   厳しい事、苦しい事、煩わしい事……日常の中の全ての煩雑な出来事も、戦争に比べれば大した事はないし、戦争が終わった事を実感させてくれるという意味では肯定的な物だし、戦争から生き延びたのだという喜びを感じさせてくれる幸福な物でもあります。ショーロホフはこの作品で平凡な出来事を細かく描写しています。日常を細かく描くのはショーロホフが戦争を嫌悪し日常の中に戦争とは真逆な生きる事の喜びを見出しているからだと思います。
   以下のような登場人物の苦労話の中にも喜びと幸福が滲み出ていて、読んでいると微笑ましくなってしまいます。(乗客=子供の事です)


【父親は、あまり中味の入っていないリュックを肩からおろし、疲れた様子で、私のかたわらに腰をかけた。
 「この乗客には音をあげるね。こっちまで靴ずれをおこしちまう。さっさと歩けば、こいつは駆け足。この豆歩兵に調子をあわせるとなりゃ、一歩のところが三歩かかって、まるで馬と亀が並んだようなもんだ。それにちょっとでも目をはなすと、たちまち、水たまりに入る、氷をちぎって飴玉がわりにしゃぶる。こういうお客をつれて旅を、それも歩いてするなんぞは、所詮、男の手におえることじゃないな」】


   父親が子供の行動に疲れを感じるのは、子供を深く愛し、気遣って、怪我でもしないかと優しく注意深く見守っているからです。疲れが幸福の証になっています。また、子供が勝手な行動を取ってしまうのは、父親を深く愛し信頼しているから、父親が多少の身勝手は許してくれると思っているからです。
   愛は、「愛してる」と声に出したり手紙に書いたりするよりも、このように平凡な会話や、日常生活の中の何気ない仕草や態度の中から、強く滲み出てくるものです。
   深い愛があるがゆえに父親は子供を厳しく叱る事も折檻する事もありません。深い愛が父親の精神を余裕のあるものにしています。子供の側も父親に対する深い愛を信じていて、叱責や折檻の心配に怯える事なく、伸び伸びと生活し、精神を余裕のあるものにしています。親子は強くて深い愛で相互に結ばれていて、その相互の愛がそれぞれの精神を豊かなものにし、そうやって豊かになった精神が更に強くて深い愛を生み、その愛が更に精神を豊かなものへと更新していきます。愛が二人の精神や生活を常に更新していくのです。
   主人公も自然を深く愛しているから、自然の厳しさに恨み言を吐く事もありません。自然の厳しさすら愛おしく、自然から厳しさを与えられるごとに、自然への愛は深いものへと更新されていきます。
   登場人物たちは、恨みや憎しみに縛られない深い愛を持っています。ここまで愛が深くなると、ちょっとやそっとの困難も楽しみながら乗り越えていく事ができるようになります。困難も幸福の材料になります。登場人物たちの愛はちょっと信じられないほど高度なレベルに達しています。 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
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ショーロホフ『人間の運命』感想

今日から『人間の運命』の感想を書き直そうと思います。
作者はロシアの作家ショーロホフです。
角川文庫から出ているようです。漆原隆子氏と米川正夫氏の翻訳です。
Amazonでは2千円くらいで売っていて、中古も高いですが、hontoでは定価で売っています。
https://honto.jp/netstore/pd-book_03049525.html






魅力的な情景描写から物語が始まります。


【戦後はじめての春は、ドン川の上流地方で、近年まれにみる足早の力づよい春であった。三月の末、アゾフ海寄りの地から暖風が吹きこんだと思うと、わずか二昼夜でドン河左岸の砂がきれいにむきだしになり、ステップでは、窪地や谷あいが雪水を吸ってふくれ小川は氷を割ってよろこびに沸きかえり、おかげで、街道という街道はほとんどまったく通行不可能となってしまった。】


   戦争から解放された喜びが、春の始まりの雰囲気によって表現されています。
   この冒頭の情景描写を僕はとても良いと思っていて、繰り返し読んでいます。なぜ良いと思うのかと言うと、戦争が終わった喜びがわざとらしくなく、自然に描写されているからです。たとえば「戦争は愚かだ。その愚かな戦争が終わって、いま、春が美しく芽吹こうとしている」というふうに描いてしまうと、非常に甘い、わざとらしい表現になってしまいます。そういう表現だと主観的で、非常に浅い戦争批判になってしまいます。
   一方ショーロホフの情景描写には、浅い主観的な戦争批判はなく、心の奥深くに刻まれた、戦争を嫌悪する批判的認識が滲み出ています。人は主観で何かを批判すると、上滑りなものになってしまいます。主観で戦争を批判する場合、その戦争批判は主観の置かれた環境に左右され、容易に戦争肯定に転じてしまう事があります。大切なのは、戦争について勉強をしたり、考えたりして、長いこと戦争に向き合って、戦争への批判的な認識を心の中に蓄積して行くことです。そうすれば主観による浅い戦争批判は消えて、戦争に対するどっしりとした批判的認識ができあがります。
   ショーロホフの戦争に対する批判的認識は徹底しており、全身全霊で戦争を嫌悪しています。そのようなショーロホフの全身全霊の戦争嫌悪が、戦争が終わった事に対する全身全霊の喜びに転じ、春の目覚めを美しく、自然に、わざとらしくなく、しみじみと描写することを可能にさせています。


(続く)


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少し不調

少しだけ不調です。辛いので、またお酒を飲んでいます。
ショーロホフの『人間の運命』の気に入った部分を
繰り返し読んでいます。
これは本当に面白い作品で、
読むと元気が出るような気がします。
感想は今は不調で書けないですが、
体調が治ったら、良いものが書けそうな気がします。
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ショーロホフ『人間の運命』感想

   『人間の運命』で最も感銘を受けた箇所は、主人公が兵隊に取られ、出征する目前の駅の場面です。
   日本の小説だったら「お国のために頑張って参ります!」となるのでしょうけど、この小説ではそういった国家主義はあまり顔を出しません。
   あくまでも、「残された妻や娘たちが憐れだ」というふうに、愚かな国家主義的なイデオロギーではなく、家族に対する深い愛情が描かれています。

   その後、この話の語り部(トラック運転手)は出征したのち、ドイツ軍の捕虜になってしまい、目の前で仲間を殺されたり、過酷な飢えと重労働を経験します。この捕虜の過酷な経験も、過剰な感傷で覆うのではなく、端的にドライに描かれます。そのドライな描き方がかえって戦争の残酷を引き立たせています。



   『人間の運命』は短い小説ながら、戦争の残酷が凝縮された傑作だと思うので、もう一度最初から読んで、感想を書き直そうと思います。
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『シェフ』

『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』という映画を見ました。
これもコメント欄でおすすめして頂いた映画です。

結論から言うとめちゃくちゃ面白かったです。
非常に単純明快なストーリーなんですが、登場人物たちが魅力的なので、ストーリーが単純明快でも深く心に刺さる物がありました。

アメリカの映画ですがやっぱりアメリカ人は感情が深いし、精神レベルも高いと感じます。

映画を見てまず驚いたのが、シェフが両腕に大きな刺青を入れている事でした。
しかもウェイトレスも刺青をしているうえに、胸が大きく開き、肩が露出した服を着ていました。
厨房では卑わいなジョークが飛び交っているし、料理を作っているのによく喋っていてまるで「唾が飛ぶ」事を意識していないようです。
日本にこんなお店はないと思いますし、あったとしても一流の料理店とは認められないでしょう。

日本では「おもてなし」「おもいやり」「お客様のために」「礼儀」「品格」などとウルサイ目標とか決まり事とかを作って、非常に精神が窮屈になってしまいます。
職場だけでなく、子供との間にも「目上の人間には敬語」「生きているだけで感謝しろ」「食わせてくれる父親を敬え」などの決まり事を作ってしまいがちです。

『シェフ』では職場にも親子関係にもそのような決まり事とかはなくて、みんな心の底から楽しそうに会話をし、人生を謳歌していました。
何かに怯えたようなおどおどした表情で遠慮がちにぼそぼそ喋る陰気な役者の出る邦画とは大違いです。

登場人物全員が人生を謳歌していて、個性的で、魅力に溢れています。だから彼らのちょっとした一挙一動に胸を打たれてしまいます。登場人物が魅力的なので下手にストーリーを複雑化する必要はないのです。
役者たちの力量や精神レベルに圧倒されますが、それ以上に役者たちの魅力を生み出したアメリカ社会全体の成熟度に圧倒されてしまいます。
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『きっと、うまくいく』

コメント欄でお勧めして頂いた『きっと、うまくいく』という映画を見ました。日本にはあまりない、優れたインドの精神を描いた映画だと思いました。

映画は主に「金力と権力と、それらを擁護する俗物との対立」という夏目漱石も取り組んだ課題を描いていました。

金力・権力・俗物との対立において勝つ方法は、金力・権力・俗物の精神を超えた、高度の精神を作る事だけです。

だから、金持ちと権力者をまともに批判していたら、精神が批判的感情にスポイルされてしまって、金持ちと権力者を超える精神は作られません。なので、金持ちと権力者に勝つには、対立しないこと、勝とうという意志を放棄して、金持ち・権力者から遠ざかって、自分の精神を伸び伸びと成長できる環境に身を置く事が大切になります。

漱石は「対立を放棄する」という考え方になかなか至る事ができず、『虞美人草』まで大変な苦労を舐めました。
対立や批判を放棄してようやくそれらから自由になれたのが『三四郎』からでした。

・・・話が逸れましたが、映画『きっと、うまくいく』は金持ちや権力者(学長など)と対立しながらも、漱石のように深刻に陰険に対立する事はせず、ユーモアをまじえながら、楽しく学長をからかっていました。
漱石は『虞美人草』でどうしても許せない金持ちの藤尾を死なせ、藤尾の母親にも謝罪をさせましたが、『きっと、うまくいく』には、学長には学長の人生や価値観があり、学生には学生の人生や価値観があり、無理に学長に学生達の事情を分からせる必要はない、という余裕があって、学長に謝罪させたり土下座させる事もありませんでした。

インドの寛大な余裕たっぷりの精神が脚本にも画面にも溢れていて、それがユーモアを面白くしているし、初めから終わりまで明るい気持ちで見る事ができました。 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
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ショーロホフ『人間の運命』感想

【じゅうぶんに飼葉を与えられた二頭の馬が、引綱をぴんと張って、ようようのことで荷車を引いて行く。なにしろ車輪が半ば近くまで氷雪まじりの泥沼の中にめりこんでいるのだから、一時間もするうちには馬の脇腹も太腿も細い皮帯の下一面まっ白に泡を吹き、周囲の新鮮な朝の空気にツンとした馬の汗の匂い、馬具にしみこんだタールのぬくもった匂いが、酔わせるようにひろがった。
 馬がとりわけ難渋するような場所では、われわれは車を降り、自分の足で歩いた。】

   この描写も非常に優れていると思います。【じゅうぶんに飼葉を与えられ】ているはずの馬ですら、前に進むのに手こずってしまう。それほどロシアの冬が厳しいという事が分かるし、まただからこそ、馬に十分な飼葉を与えて、大切に、慈しみながら育ててやろう、という飼い主の愛情がさり気なく伝わってきます。そしてまた主人公らは厳しい冬を憎んでいるのではなく、厳しい冬を自己の充実した生活の一貫として捉えているように感じられます。厳しい冬の凍った悪路を進んで行く苦労、その苦労のために馬を慈しんで育てる事のできる充実感、そして馬ですら突破できない苦労を自らの力で走破していく事で得られる自己充足感…。
   厳しい生活だからこそ、その厳しい生活の中で生活の知恵や工夫や精神力が鍛えられ、厳しい生活を超越した幸福や充実感や自己肯定感などの精神的果実を得る事ができます。
【周囲の新鮮な朝の空気にツンとした馬の汗の匂い、馬具にしみこんだタールのぬくもった匂いが、酔わせるようにひろがった。】この描写は特に良いと思います。厳しい生活を楽しむ生き生きとした感情が、実に生き生きとリアルに描かれています。心から生活や人生を楽しんでいる人間じゃないと描く事のできない、力と情感のこもった描写です。
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プロフィール
ブログタイトルは夏目漱石の「黙々として牛の如くせよ」から。

野間

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